大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5070号 判決
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【説明】
X1は昭和四五年一一月五日大阪船員病院で吸引分娩によりX2を出産したが、X2は狭頭症に基づく脳性小児麻痺であることが判明した。Xら(X1、X2及びX2の父)は、X2の脳性麻痺について担当医Y1が施行した吸引分娩による出産時外傷(分娩時頭蓋内出血)に起因するものであるとし、Y1としては帝王切開等の方法により新生児の身体に異常をきたさないよう万全の措置をとるべきであつたと主張して、第一次的にY1に対し民法七〇九条の、右病院長Y2らに対し同法七一五条の不法行為責任を、第二次的にYらに対し債務不履行責任を追及した。
【判旨】
二そこで原告美知恵の出産の経緯についてみるに、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。
1 原告一枝は、昭和四五年四月一五日船員病院で、被告長谷川から妊娠四カ月の診断を受け、以後ほぼ一カ月毎に同病院に通院し、定期診察を受けたが、当初原告一枝には流産の危険と多少の貧血が認められ、九月三日には妊娠腎の徴候である下肢の浮腫が現われたが大体正常な経過を辿つた。しかし分娩予定日の一〇月一四日には依然胎動があり頸管が開大しないまま経過したため、被告長谷川は、一〇月二〇日、二二日、二九日分娩誘発剤デリバリンを各六錠投与し、その結果、同月三一日に胎動は鈍り外子宮口は一指以上開大して分娩に近づいてきたが、まだ陣痛、子宮収縮はなく、児頭の位置は高かつた。被告長谷川は同日、骨盤計測をしたところ、櫛間径二三、棘間径二二、前後径一八センチメートルと、それぞれ平均値より三、一、一センチメートル短かかつたが、帝王切開を必要とする狭骨盤とは認められなかつたため、経腔分娩で進めることに決め、デリバリン六錠、緩下剤テレミン二錠等の投与を継続した。
2 原告一枝は翌一一月一日前駆陣痛が五分毎に不規則に現われて、午前二時四〇分船員病院へ歩行入院し、一一月二日には五ないし一五分毎に前駆陣痛があつて子宮口は一指開大し、児頭の下降がやや良好であつたため、被告長谷川は鎮痙剤、子宮下部拡張促進剤ピセラルジン注、エストリールデポ一〇ミリグラム投与を継続し、グリセリン浣腸を行なつた。一一月三日は陣痛不規則で子宮口二横指開大となり、四日には午前中陣痛はないが、子宮入口はさらに四指開大となり、児頭は恥骨結合上に位置し骨盤に固定されてきて分娩に入りつつあつたので、被告長谷川は自然に陣痛が出るのを持つため再びピセラルジン注とグリセリン浣腸等を行なつたが、午後一一時五〇分高位破水があつて偽羊水が流出したため分娩室へ移行するとともに抗生物質ロイクロンの投与と酸素吸入を開始した。そして翌一一月五日は午前四時四〇分から五分毎位に陣痛があり、子宮口は三指開大となつたが、午前一〇時三五分児頭が下がる途中に陣痛微弱となり、陣痛促進剤アトニンの投与、強心剤ビタカンフアー注等をして様子観察しているうちに午前一一時破水し、陣痛が一分毎、間歇発作一分毎に発来し、子宮口四指開大となつた。しかし午後〇時三五分ころなおも陣痛微弱をきたしたため、被告長谷川はアトニン、ビタカンフアー等の投与と血漿増量剤ゲラクシン点摘を行ない、酸素吸入を継続したところ、まもなく子宮全開大となつたが、午後一時三五分排臨前の状態で腹圧が弱まつた。そのため被告長谷川は吸引分娩器を使用して午後一時四五分原告美知恵を娩出させた。原告美知恵は体重三四〇〇グラムで心音はしつかりしていたものの第二度仮死の状態で出生したため、被告長谷川は直ちに屈伸人工呼吸を行ないアトム蘇生器を使用したところ、五、六分後第一啼泣があつて蘇生し、顔色良好であつたが、顔面、口唇に軽度のチアノーゼが認められ、保育器に収容したが、一一月六日以降ケイレン様発作が時々出現した。そこで被告長谷川は右症状から、原告美知恵に脳内出血の疑いがあると考え、止血剤の連用、酸素吸入、強心剤の投与等をしたところ、発作は徐々に減少し、一一日末には発作がなくなつたので、一二月一二日同原告は退院した。
以上の事実が認められる。
三ところで、原告美知恵の脳性小児麻痺が狭頭症にもとづくものであることは前記のとおりであるところ、<証拠>によると、狭頭症とは脳頭蓋の発達異常による疾患であり、その原因は主として頭蓋骨縫合の早期閉鎖にあると考えられるが、場合によつては出生前後又は乳児期に低酸素症、核黄疸、脳炎、髄膜炎等によつて脳の発育が一時的に停滞し、この間に化骨が進み縫合閉鎖が起こる場合(二次的狭頭症)も考えられ、その外観、症状は発達異常による小頭症(遺伝子性の真正小脳髄症など。なお小頭症には、右遺伝子性の小脳髄症、胎生四ケ月までの外因による小脳髄症など発達異常によるもののほか、種々の感染症による脳炎、頭蓋内出血などに起因する、大脳の構造が略々完成した胎生五、六ケ月以後の後天的二次変性による小脳髄症があり、発達異常によるものとの区別は容易でなく、右後天的小脳髄症と前記二次的狭頭症との関連は深く、難産、仮死など出生前後の障害が合併し易いものである。)と略々一致し、両者の区別は必ずしも容易とはいえない。そして狭頭症(ないしは小頭症)は脳性小児麻痺を惹起する可能性がある。
以上の事実が認められるが、本件全証拠によるも、原告の脳性小児麻痺が胎児が完成した分娩時における出産施術の過誤によつて惹起されたと推認しうるに足りる証拠はない。もつとも甲第一号証には「生下時の障害と推定される強度の脳障害により四肢麻痺等を発生している。」との部分があり、原告一枝本人尋問の結果中には「産道のところで圧迫されたため脳性麻痺になつたと聞いた」旨の供述があるが、右生下時の概念は漠然としていて分娩時と同義か必ずしも明らかでなく、その障害の意味もいかなる内部的または外部的要因によるものか、またこれにつき被告長谷川の過失があるものか不明であつて、結局、右診断の結論である狭頭症と右生下時の医師の過失との因果関係を窺知できない。また原告一枚の前記骨盤測定の結果からみても、胎児が産道で圧迫されたものとも考えられないから、同原告の右供述部分は直ちに採用できない。
四原告らはさらに、原告美知恵の脳性小児麻痺の原因として被告長谷川の施術した吸引分娩による分娩時頭蓋内出血を主張するので以下この点について判断する。
一般に医師の施術後脳性小児麻痺などの病症が結果的に発現した場合、右施術の過程に医師の手落ち、不手際と認むべき事実が立証されるならば、病症発現に至る科学的原因の究明が逐一なされなくても、その施術の態様や発症までの時間的経過などに照らし、結果との間の因果関係を一応推定することは妨げない。しかしながら、右施術上に如何なる不手際が存したか確認することなく結果の発生と医師の施術との間に条件関係が存することから、直ちに医師の過失を肯認して、因果関係を認めることはできないというべきである。これをさらに詳論するのに、
1 原告らは吸引分娩が頭蓋内出血を惹起することは学界で一般に承認されており、被告長谷川は帝王切開の方法を採るべきであつたと主張し、<証拠>によれば、吸引分娩によつて頭皮剥離、頭血腫、帽状腱膜下出血をきたすことがあることは認められ、また原告美知恵が前記のとおり仮死第二度で出生しケイレンを起こす等脳内出血を推測しうる症状を呈し、ことに前掲乙第二号証の二五、第一号証の二二中には「分娩時頭蓋内出血の疑」との記載があるけれども、他方、<証拠>を総合すると、右記載は被告長谷川がケイレン等の症状を見ての推測にすぎず、はたして頭蓋内出血が生じたものかどうか明らかでなく、仮に右出血があつたとしても脳内出血が直ちに狭頭症ないし小頭症に結びつくとは考えにくいこと、退院直前の脳波検査では原告美知恵の脳波に何の異常もなかつたこと、さらに吸引分娩は頭蓋内出血など時に生じうるにしても鉗子分娩に比べて危険性が少なく母児双方にとり比較的安全な施法であること、帝王切開は自然の分娩法ではなく次回難妊娠時子宮破裂等をきたしやすく、とくに麻酔による母児への危険も想定され、胎児が骨盤を通過しうる限りいたずらに施行すべき方法ではないことが認められる。原告美知恵については前記認定のとおり骨盤測定の結果は経腟分娩を進めるのに支障なく、また被告長谷川本人尋問の結果によると胎児の児頭が骨産道を越えて軟産道に移行した段階でこれをさらに引戻すような帝王切開を施行することなど全く考慮外であつたことが認められるから、これらの事実によると被告長谷川が吸引分娩術以外の方法を採らなかつたこと自体になんらの過失も認められない。(この点原告らは「原告一枝には分娩の約六時間半前羊水汚染(胎便の漏出)があつて胎児切迫仮死の徴候があつたのに、被告長谷川はこれを看過して帝王切開をしなかつた」と主張し、<証拠>中には、一一月五日午前七時一〇分高位破水があつた旨の記載があり、<証拠>によると、被告長谷川は同日午前一〇時以降羊水汚染を認めたことは明らかであるが、他方、<証拠>によると、胎児切迫仮死の徴候とされる児心音については被告長谷川において適宜測定し、一一月一日ないし三日、四日午前一一時一〇分に行なつた児心音測定の結果も終始良好であつたうえ、原告一枝に投与したデリバリン中に含まれる塩酸キニーネによつてしばしば胎便の早期排泄を起こすことがあり、これは胎児切迫仮死と無関係であることさらに原告美知恵の仮死は最大限分娩前二時間以内に生じたと解されることが認められる。これらの事実の他に出産の経緯を考慮すると、一一月五日午前七時ころすでに胎児切迫仮死であつたとの事実は認められず、帝王切開を要する状態にあつたということはできない。)
2 被告長谷川は、吸引分娩の際児頭が軟産道中に入り排臨直前の状態において、原告一枝の腹圧(怒責)が弱まり児頭が動かないまま時間が経過したので、胎児が酸素欠乏、仮死等に陥いる事態を避け、胎児の安全を図るために吸引分娩術を施行したことは、前記認定の事実並びに<証拠>により明らかであるが、<証拠>によると、吸引分娩術の適応症としては、主として胎児切迫仮死、遷延分娩、陣痛微弱、軟産道硬靱、母体疾患等、分娩第二期を短縮し経腟的に急速に児を娩出させる必要のある場合であるが、その他に産道による児頭の圧迫時間を可及的に短縮し、母体の心身の緊張、疲労を軽減する目的で予防的に使用することもあるとされ、さらに吸引分娩の条件としては、児頭が原則として骨盤腟内に進入、固定していること、子宮口が全開大又はそれに近いこと、破水後であること、児頭骨盤間不均衡のないこと等であることが認められ、これらの事実と前児頭の位置、子宮口開大や破水の状況な記認定の当時のらびに骨盤計測の結果に照らせば、被告長谷川が吸引分娩術を決定した措置が誤りであつたとは言い難い。
3 さらに右各証拠によると、被告長谷川は、東一型吸引分娩器の六センチメートルの吸引カツプを用い、六〇〇ミリHgの陰圧で一〇分未満の時間で吸引分娩を施行したこと、右圧力は通常であり、時間も短時間で何ら問題はないこと(三〇分以上経過した場合は、中止して鉗子分娩等に切り変えるのがよい)、を認めることができ、これらの事実を総合すると、原告美知恵の脳性小児麻痺(狭頭症)が被告長谷川の吸引分娩術の施行上なんらかの不手際があつたために生じたものと認めることはできないと言わざるを得ない。
五以上によると、原告美知恵の脳性麻痺(狭頭症)について、被告長谷川に医師として過失があつたと言うことはできず、被告長谷川の行為と右結果との間の因果関係もまた認めることはできないと言う他ない。従つて被告長谷川の不法行為を前提とする原告らの被告らに対する請求はその余について判断するまでもなく失当である。
六原告らの第二次的請求について判断する。
前記一の争いのない事実及び二1認定の事実によれば、被告城良二と原告一枝との間に昭和四五年四月一五日原告美知恵の出産を目的とする準委任契約が締結されたと認めるのが相当であるが、一一月五日原告美知恵が脳性小児麻痺(狭頭症)で出産したことにより右準委任契約上の被告城の債務の履行が不完全であつたとしても、右の結果につき被告城の履行補助者である被告長谷川に過失が存しないことが前記三、四の各事実から認められるのであるから、第二次的請求も理由がないというべきである。
(岡村旦 将積良子 古川順一)